子どもたちが自由に表現する「絵や工作」の世界。それらは本来、無限の可能性と喜びにあふれた。かけがえのない宝物です。
しかし残念ながら、時に親や周囲の大人たちの心ない一言によって、その輝きが失われてしまうことがあります。
私は40年以上にわたり、多くの子どもたちのアートに携わって来ました。そんな中で痛感しているのは、お子さんの才能を伸ばすも、つぼみを積んでしまうも、ほんのわずかな「言葉かけ」にかかっていると言うことです。
子どもたちの心が詰まった大切な作品を、言葉でそっと彩ってあげたい・・・そんな思いで、私は常に子どもたちへの言葉選びに細心の注意を払ってきました。
お子さんの絵や工作を見た時、あなたはどんな言葉をかけていますか?「上手だね」「これは何を描いたの?」・・・もしかしたら、その何気ない一言が、お子さんの心に深く響き、自己肯定感を育む大切なきっかけになっているかも知れません。
しかし、時には軽い気持ちで放たれた言葉が、子どもの心を深く傷つけ、絵を描く喜びや作る楽しさを奪ってしまうこともあるのです。親御さんのちょっとした一言が、子どもの自己肯定感を大きく左右し、ついにはその子の未來を変えてしまう力さえ持っていると、私自身の経験からも強く感じています。
実際に私の教え子の中には、お母さんや学校の先生の言葉が原因で、大好きな絵を描くこと自体を嫌いになってしまった子が何人もいました。
ここからは講師として40年以上の経験から、心が痛んだ「言葉かけ」の実例とお子さんの心を育む「肯定の言葉かけ」についてお話しいたします。
1、心が痛んだ「言葉かけ」の実例
*結果(出来栄え)じゃない!大切なのはプロセス
私の教室では、子どもたちは元気いっぱいに、楽しく絵や工作を制作していました。糊付けが上手になった子、ユニークなアイデアを次々と展開する子、教室はいつも賑やかな声で溢れていました。難しいところがあっても完成が楽しみなので諦めません。時間がかかっても私は「早く」とは決して言いませんし、一人ひとりの良いところを必ず見つけるように心がけていました。
そんな中、小学校2年生のKちゃんも次第に成長の芽を育んでいたのです。ある日、「Kちゃんは・・・なところがとても良くなったね!」と私が言葉をかけると、Kちゃんは私を睨むように見て、こう言ったのです。
「どうせ私は下手なんでしょう!?」
驚いて、なぜそう思ったのか聞いてみたところ、「だって、この前、家に工作を持って帰ったら、お母さんが見て、「下手だね!」って言ったもん」と話をしてくれたのです。なんと言うことでしょう!その言葉のせいで、Kちゃんは私の教室へ来た時よりも、自己肯定感も、できることも、ずっとレベルダウンしてしまいました。
きっとお母様は「図工を習ってるのに、もっと上手にできないの?」という軽い気持ちから、「下手だね」っておっしゃったのでしょう。本当に残念でなりません。子どもたちは、苦心して完成させた作品をワクワクしながらお家へ持ち帰ります。お母さんはびっくりするかな?弟が見たら壊すかも知れないから高いところへ隠してもらおう、など様々な思いを巡らせています。それなのに「下手だね」という言葉は、私まで本当に悲しくなりました。
子どもは未熟な存在です。その子どもが描いたり、作ったりした作品も未熟なのは当然のことではないでしょうか?
私は道具の扱い方に対しては上手という言葉を使いますが、作品に対しては使いません。なぜなら、子どもの作品に「上手」「下手」と言う評価は当てはまらないからです。
特に幼児から低学年では、作品の完成度よりも、そこに至るまでのまでの過程、(プロセス)が何より大切です。なぜなら、まだ計画的な見通しを立てて作品を完成させるほどの経験が、子どもたちにはないからです。ステップバイステップ、一つひとつの試行錯誤がお子さんにとって大切な学びと経験になって行きます。お家の方には出来上がりしか見てもらえないため、それから私は学期末に一人ずつ、どんなところが成長したのか、出来上がりまでのプロセスで保護者の方に知っていただきたい長所をノートに書いて手渡すことにしました。少しでも子どものアートについて理解して欲しかったからです。
*絵が嫌いになってしまった男の子のエピソード
ある日、入会希望で私の自宅教室に見えたお母様のお話です。入会希望の動機が「絵や工作が楽しいものだと分かって欲しいんです」との事でした。それから、お母様に伺ったお話の内容は、心が酷く痛むものでした。
小学校に入学してまだ1学期半ばの男の子です。図工の時間に車の絵を描いたそうなんですが・・・担任の先生(女性)が、そのお子さんの絵をみんなの前に出して「皆さん!これが車の絵に見えますか?」と子どもたちに問いかけたそうなんです。本当になんと言う事でしょう。小学校の先生には、それぞれ、ご自分の専門分野がおありと思います。しかし、子どもの絵について、あまりにも理解が不足していると言わざるを得ません。
その時の男の子の気持ちを考えると、「もう絵なんか描きたくない!」と思っても仕方がないですよね。もちろん、そのお子さんの自己肯定感も大いに下がってしまったことでしょう。その先生は大人の絵と同じ視点(形態感、それらしさ)で子どもの絵の評価をしたのではないかと思います。
そのお子さんは私の教室で、始めは自信がなさそうに下を向いていることが多く、用意した色画用紙の中から、好きな色を選ぶのも「なんでもいい」と選ぶことができませんでした。私が「ここではね、なんでもいいは、ないの。今日は何色が使ってみたい?好きな色をゆっくり考えてごらん」と言うと、やっと1枚を手に取りました。選んでくれた!私は心から嬉しく「そう!選べたね!今日はその色を使おうね」と言葉かけすると、安心したように少し笑顔が帰ってきて来ました。そのお子さんは、それから次第に元気を取り戻し、その後はみんなと楽しく制作を展開してくれました。
子どもたちの楽しい「乗り物の絵」をご覧ください。賑やかな子どもたちの会話が聞こえて来ませんか?
幼児から小学校低学年、高学年と子どもの成長により絵の表し方も変化しています。子どもの絵は、成長段階でその時にしか描けない貴重な絵だと言うこと。急いで大人にする必要はありません。
*他のお子さんと比較する言葉かけの落とし穴
年齢を問わず人と比較されるって気分の良いものではありませんよね。これは、私自身の幼児期の経験です。
友達と何人かで折り紙で遊んでいる時、中の一人、Tちゃんがとても上手に紙を折ることができたんです。四角い折り紙を半分に三角に折る時、頂点がピッタリ合うんです。すると必ず私の母が「ほら、見てごらん。Tちゃんはきっちり、きれいに折れて上手ね。どうしてあなたは三角にピッタリきれいに折れないの?」と毎回、言うのです。折り紙を三角に折るたびごと、「また言われる」って思った通り、母はTちゃんを褒めて私には、その言葉を繰り返しました。その度に、「私は三角の頂点がピッタリ合わせられない、私は折り紙が下手なんだ。」と嫌な気持ちになったことを今でもはっきりと思い出します。
子どもの短所を指摘する言葉かけは百害あって一利なしと言われています。
講師として、子どもたちに工作で紙を折るよう伝える時、必ず母の言葉が聞こえてくる気がしました。特に三角に折る時、うまく合わせられないお子さんには、アドバイスしながら「先生もね、あまり上手にできないんだけど。難しいよね」って言葉を付け加えています。
親のさりげない一言・・・もっと上手になってほしいと言う気持ちからの言葉であっても、思いの外、子どもにとっては重たい言葉になってしまうことがあります。このようなことは、お子さんの自己肯定感を下げる一因になってしまうのです。
自己肯定感が下がると、何に対しても自信がなくなり、図工に限らず消極的な取り組み方しかできなくなってしまう可能性もあります。本当は色々な才能があるかも知れないのに、それはとても勿体無いですよね。
*子どもの心に響く!自己肯定感を育む「肯定の言葉かけ」
逆に図工を通して自己肯定感を大きく上げたお子さんも多く見てきました。
2、「すごい!」「素敵!」で自信を育む言葉かけ
発達障害で自分から友達に声をかけられなかった小学1年生の男の子がいました。お母様は「好きなことをやらせてあげたい」と私の教室へお子さんと一緒にいらっしゃいました。その日にできた作品を見て、「すごい!素敵なのができたね。お家に飾ろうね」という言葉かけをされていました。お子さんも嬉しそうに「もっとやりたい!」と言った、その時の様子は今でも目に浮かびます。
学校での図工より、ずっとレベルが高い内容の工作をしていることで、学校の図工は簡単に思え、あっという間にできてしまうようになったそうです。クラスメートからは一目置かれるようになり、図工といえば**君!と言われるようになったそうです。それと並行して自分から友達を誘えるようになったとお母様から嬉しい報告をいただきました。
*「もっとやりたい!」を引き出す言葉かけ
また高学年のお子さんで私の教室で、できる作品が楽しくて、「家に持ち帰っても続きをやりたいから」と途中の作品を持ち帰った子がいました。とても熱心に自宅で続きを作ったそうです。そんなことから、まず図工の成績が上がりました。それが自信になり自己肯定感もアップ!なんと、他の教科の成績もそれぞれ上がったと、お母様から感謝の言葉をいただきました。
その時々のお子さんの作品を認め、受け入れてあげることで、子どもの心は安定します。しかし無理に褒めても、子どもの心には響きません。特に幼児の作品は、親御さんの目からすると、何を描いているのかよく分からなかったり、どこを褒めて良いか迷うこともあるかと思います。
そんな時は「どうやって作ったの?」「この色、面白いね」「いっぱいに描けたね!」など、お子さんに質問してあげるのも一案です。親御さんが自分の作品に興味を持ってくれたことにお子さんは喜びを感じて、色々と話してくれるでしょう。そんな会話の中に褒める要素がきっと見つけられるはずです。
♦♦♦まとめ♦♦♦
お子さんのアート作品への言葉かけは、その子の自己肯定感や、未来の可能性を大きく左右する力を持っています。
*子どものやる気を引き出す、心に響く「良い言葉かけ」を意識しましょう。
*子ども同士の作品や、できることを比較するのは避けましょう。
*「下手」「違う」など、子どもの自己肯定感を下げる言葉かけはしない ようにしましょう。
*「どうやって作ったの?」「ここが面白いね!」など、子どもの自己肯定感を上げる大切な言葉かけを選びましょう。
お子さんの「お家アート」の時間が、言葉の力でさらに彩り豊かになりますように。
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