私はこれまで美術を通して、子どもたちの心の成長を育むことを大切に指導してきました。決してアーティスト育成のための指導ではありません。美術造形講師として40年以上のの指導経験から得た、。大切な「言葉かけ」の秘訣を、このブログを読んでくださる皆さんにお伝えしたいと思います。
長年の講師経験では、自宅教室の他に、幼稚園での課外教室やカルチャー講座、大きな商業施設での工作イベントなど、数千人以上の親御さんや子どもたちとの出会いがありました。
1、子どもの成長に合わせた言葉かけの大切さ
以前、市内の大きな商業施設で、3種類ほどの工作を時間ごとに開催するイベントがあった時のエピソードです。
このイベントは商業施設からのオファーで「参加無料」の企画でした。講師側からすると正直なところ「無料」イベントには問題を感じる点も多いのです。なぜかと言えば、無料なので、工作内容などに関係なく、親御さんたちが、「お買い物をしている間の託児施設代わりに・・・」「待ち合わせ場所や疲れた時の休憩スペースに・・・」利用されることも多いからです。そのため工作内容のレベルに合わせてある程度の年齢枠を設けても、関係なくお客様がいらっしゃることも少なくありませんでした。
それでも合計200名ほどの参加があり、準備して行った教材も全て使い切りました。そんな賑やかな会場で、おばあちゃんと小さなお孫さんがテーブルにいらっしゃいました。おばあちゃんの膝にちょこんとお座りしてる男の子は、まだ3歳にもなったか、ならないかくらいの年齢だったでしょうか。
この時は、竹ひごにストローと好きな絵をつけて、風でくるくる回る簡単な仕組みの工作でした。
予定された工作について私が「出来上がりは、どんな動きをするのか」、「何に気を付けつければ良いのか」、と言ったポイントを参加の皆さんにお話ししてから、いよいよ制作開始です。
しかし3歳くらいのお子さんが、きっちりとした形のある絵を描くのは難しいものです。彼が描くのは、ジグザグやくるくる丸い形など、いわゆる**「なぐり描き」**と呼ばれる時期の絵です。周りにはすでに形のある絵を描いている小学生がたくさん集まっていました。
するとおばあちゃんは、向かい側に座って好きな形を描き始めたお子さんを指差して「ほら!見てごらん。ああいう風に描くんだよ。ね、描いてごらん」とおっしゃったのです。そう言われても、男の子は、どうして良いかわからなかったでしょう。見ていて私も困ってしまいました。おそらく、おばあちゃんも他にどう声をかけて良いか分からかったのだと思います。結局、おばあちゃんが絵を描いて切り抜き作られたと記憶しています。
子どもの絵について何も知識がなくても、その時のお子さんの成長段階を少し考えてみれば、「できること」と「できないこと」が見えてくるはずです。そうすれば、その時のお子さんにどんな言葉かけをしたら良いかも、きっと見えてくるのではないでしょうか。
2、似ているかだけが評価じゃない!「実物との比較」は要注意!
大人は、小さなお子さんが「ねぇ!これママだよ!」と描いた絵を見せてくれた時、「え?これが私?」と戸惑ってしまうことがあるかもしれませんね。
私たち大人が、子どもの絵を評価する時、ついつい比較してしまいがちな対象が2つあります。一つは他の子どもたちの絵ですが、もう1つは、**「実物の対象物との比較」**です。
自分の顔とお子さんの絵、実際の乗り物の形とお子さんの絵・・・。そして「似ているかどうか」が評価の基準になってしまうことはないでしょうか。
幼稚園や小学校で、子どもたちの絵が壁にずらりと展示されていることがありますね。それらの絵をご覧になった時、皆さんはどのように鑑賞されていますか?
まずはご自分のお子さんの絵を見つけて、それから他のお子さんの絵もご覧になることと思います。そんな時、周りの子と決して比較せず、それぞれのお子さんの絵から聞こえる声を聞くようにしていただきたいと思っています。
ここまでは大人から見た子どもの作品の見方や言葉かけrについてお話ししてきました。
ここで、私の幼児時代に経験した少し苦いエピソードを一つ、お話しさせて下さい。
私が通っていた幼稚園では、園長先生が美大受験生や大人向けの絵画教室をされていたこともあり、絵の時間が多く設けられていました。毎月1回、園長先生が直接、描き方を教えてくれる時間があったのです。
その日は、「トンボ」の描き方でした。しかし、目の前にクレヨンと画用紙が置いたまま、園長先生が現れるまで、かなりの時間が経ってしてしまったのです。私は待ちくたびれて、つい、自分の思ったトンボを描いてしまいました。そのトンボには、なんと人間のように目鼻立ちがあり、耳までついていたんです。
その後で園長先生がやって来て、トンボの描き方を私たちに教えてくれました。私も、次に描いたのは「トンボらしいトンボ」でした。後日、みんなの絵が展示されてから、他の子どもたちに、私が描いた人の顔みたいなトンボを大いに笑われたんです。幼稚園では絵が上手だと思われていた私にとって、その度に俯くしかありませんでした。この経験から実物との比較は大人だけではなく、こども同士にもあるのだと痛感しました。
もし、みんなが「トンボの描き方」を習わずに自由にトンボを描いたら、どんな個性豊かなトンボたちが生まれただろうかと、今でも考えることがあります。
小学生になってからも、やはり大人みたいな絵を描く友達の絵を見ては、「うまいなぁ、すごいなぁ」と思ったものです。この経験は、いかに大人の絵の評価基準が子どもたちにまで深く浸透していたのかを考えさせられる出来事でした。
最初の講師の研修会で学んだ心得の中に「描き方を教えない」と言う言葉があります。
ついつい描けないと戸惑っている子どもには教えてあげたくなりますが、教えた描き方は先生の絵になってしまうので、子ども独自の見方や感じ方とは別の絵になってしまうことを避けるために必要な言葉だと思っています。
4、作品展から学んだ「見る」喜びと「褒める」ことのバランス
これまで、子どもたちの精一杯の作品を展示する作品展を何度も開催してきました。いつも見慣れた場所ではなく、特別なギャラリースペースに飾ることで、作品であっても別のスペースに展示することで、子どもたちが良い刺激を受けること、そして何よりも保護者の方々にじっくり作品を見ていただきたいという思いからでした。
すると、ギャラリーに来たお母様方から、「子どもたちの楽しくて賑やかな声がいっぱい聞こえてくるようで、何度も見に来てしまいます!」と言った嬉しい声もいただくことができました。
まさに、そんな風に**「楽しむ気持ち」**でお子さんの作品を見ていただければと思います。
「褒めすぎない」ことの奥深さ
お子さんが物の形をそれらしく描けた時、褒めるのはもちろん大切です。しかし、必要以上に褒めすぎないことも、実はとても重要だと私は考えています。
なぜなら、お子さんの自己肯定感も上がっていくのは喜ばしいことですが「自分は絵が上手なんだ!」と強く認識しすぎると、今度は「うまく描かなければならない!」と思い込んでしまう可能性があるからです。そうすると、「うまい」と言われるために描こうとしてしまい、絵は描く本来の喜びや自由な発想が失われてしまうことがあります。
5、「子どもの絵」は子どものもの。大人の都合で変えないで
街角などで、子どもたちの絵画作品コンクール入賞展を目にすることがあります。絵画教室で入賞を目指して描かれた作品なのでしょう。教室の先生も、きっとあれこれアドバイスされたと思います。
しかし私の目から見ると、同じ教室のお子さんの絵はどれも似通っていて、まあるで作品の奥に先生の顔が見える気がしました。確かに、先生の言うとおりに描けば、見栄えの良い作品になるかもしれません。作品が入賞することもあるでしょう。でも、それは子どもの絵ではなく、先生の絵なんです。
また応募された作品の中から入賞を決めるのは、子どもの絵を深く理解している大人とは限りません。例えば、市の公共物をメインテーマにした絵画コンクールなら、役所の方が審査員を務めることもあります。そうなると、大人目線での作品選びになる可能性は大いにあります。なぜこれが上位入賞なのか?と選出に疑問を感じたことも少なくありません。
子どもが楽しんで描いた絵をコンクールに出品するのは構いませんが、コンクール入賞目的で大人が子どもに描かせた絵は、子ども本来の絵というより、また別の絵になってしまっていると思います。
大切なのは子どもの主体性
私はいつもこの言葉を大切に、子どもたちにアドバイスしてきました。子どもから質問された時は、まず、その子がどうしたいと思っているのか?それを私から問いかけ、その子の主体性を大切にしながらアドバイスしていました。
・子どもの作品を自分の好きな芸術にしないこと
・賞品で釣って子どもに絵を描かせないこと
子どもたちの絵を見ていて、「もっとこうしたら、すごく良くなるのに!」と思うことはたくさんあります。「そこに、この色を塗りなさい」「こうやって描きなさい」と言えば、子どもは私たちの言うとおりに描くでしょう。子どもの発想や主体性を無視して、自分の好きなようにアドバイスするのは簡単です。でも、それは子ども本来の絵ではなく、私の絵になってしまうんです。
子どもたちにとって、絵は、何よりもまず **「楽しんで描くもの」**です。上手、下手に左右されてしまうと決して楽しいものではなくなってしまいます。
♦♦♦ まとめ ♦♦♦
このブログでは、子どもたちの絵や工作に対する言葉かけの重要性と、その具体的な実践方法についてお話ししてきました。
・子どもの発達段階に合わせた言葉かけを意識しましょう。
・褒めすぎにも注意が必要。
・「上手/下手」や「似ている/似ていない」と言った評価ではなく、子どもの「プロセス」や「発見」に注目しましょう。
・子どもの主体性を大切にしましょう。
・周りの子どもの作品や実物との比較は避け、子どもの個性を認めましょう。
・「どうやって作ったの?」「この色、よく工夫できたね!」など、具体的に興味を示す言葉かけが、お子さんの自己肯定感を育みます。
お子さんと一緒にアートを楽しむ時間が、言葉の力でさらに豊かになりますように!
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